アルコール依存症で入院体験Ⅵ

Ⅴの続き

ちょっと話はそれますが、最近、アルコール依存症がテーマである映画を3本鑑賞してみました。

1本目

「失われた週末」

主人公はアル中。なんとしてでもお酒が飲みたい。隠れて飲む姿、お酒を探す姿、自分と重なるシーンがてんこ盛り。

最終的に天使のような女性によりどん底から這い上がろうとする。(でも止められないだろうな)

 

2本目

酒とバラの日々

こちらもアル中の話であるが、「失われた週末」と違い、最初からお酒の話ではありませんでした。

この映画の感想をいろいろ見ましたが、そのほとんどが、「アル中の怖さを改めて知った」というものばかりでした。

確かに「失われた週末」同様、主人公たちがアルコールに溺れていくストーリーであり、その怖さも伝わってきます。

しかし、私が一番気になったのが、主人公のジャック・レモンのわがままさ。

飲めない彼女に酒入りのチョコを飲ませ、徐々にアルコールの世界に引きずり込んでゆく。全く飲めなかった彼女はいつしかアル中に。

二人は実家に帰り、いったん断酒したかのように見えた。しかし、ある晩、義父からビールを勧められるがそれを断り、部屋に戻る。ジャック・レモンはズボンの裾に隠し持っていた酒瓶を奥さんに見せ、「ちょっとだけ飲もうよ」と奥さんを誘う。

一口のつもりがやがて2本の酒を空け、隠していた酒を探すというシーンに移る。

ここまでで、飲ませ始めたのはジャック・レモン、断酒しようと言い出したのはジャック・レモン、お酒を持ち込んで奥さんに飲もうと誘ったのもジャック・レモン

ジャック・レモンはAAに入り、断酒に成功したのだが、突然奥さんが失踪。

奥さんを見つけるも、酒漬けの奥さんを見て落ち込み、断酒を誘う。拒否する奥さん。

見かねて同情したジャック・レモンはまたもや飲酒。そこからまた、病院送り。

再度、AAに入り、断酒に成功。

ある日突然奥さんが家に帰ってきた。断酒をすすめ、一緒に暮らそうと提案するが、「酒は止められない」と拒否される。

最終的にジャック・レモンは断酒に成功、奥さんは子どもを残し、一人夜の街に消えていく。

確かに、依存症は怖いというメッセージは大いに伝わってくるものの、正直、主人公ジャック・レモンのわがままぶりに腹が立ちました。結局、奥さんの人生を狂わせたのはジャック・レモンであり、自分は娘と暖かそうな家庭を維持している。

リー・レミックがだんだんぼろぼろになっていく姿は本当に可哀想だった。

 

3本目

「酔いがさめたらうちに帰ろう」

これは、日本の映画です。

主人公は戦場カメラマンでアル中。

話の途中で血を吐いて、入院。

入院生活を中心に描いた作品である。

結末は語りませんが、入院生活が自分とかなり重なっており、実感がわく作品でありました。

上記以外でも、アルコール依存症がテーマの作品はたくさんあると思いますが、この3本からいろいろなことを学ぶ事ができました。

 

Ⅶに続く・・・

アルコール依存症で入院体験Ⅴ

Ⅳの続き

断酒会に引き続き、AAの方も病院訪問してくださいました。断酒会では、メンバーが体験談を話した後、聞いている我々も短時間ですが話を促されました。でもAAでは時間内、メンバーの方々のみの話でした。ことちらもやはり、かなりヘビーな内容で正直怖くなったのをよくおぼえています。

入院した週の土曜日、院長に呼び出され、検査の結果を告げられました。

問題点は2つ。

1つは、白血球数が1万2千個ほどあったこと、

1つは、脳のCTからかなり萎縮しているとのこと、

特に、脳の萎縮に関してはかなりショックでした。

院長曰く、「この萎縮具合からすると、いままでのような複雑な作業は難しいと思う。また、入院せずに飲酒を続けていたら、確実に死んでいただろう。ただ、萎縮に関しては、数年断酒を続ければある程度元に戻るだろう」とのことでした。

今回、ショックを受けたものの中で、この萎縮が一番の出来事でした。

 

土・日は特にプログラムはなく、一日読書にふけっていました。

ベッドが硬いのと隣のいびきがうるさいのを除けば、心身ともにかなり休むことのできる入院生活でした。

 

Ⅵに続く・・・!

アルコール依存症で入院体験Ⅳ

Ⅲの続き・・・!

入院二日目の朝、いつも通り4時半頃に目を覚ましました。

ここにいることがとても変に感じていました。

その病院は6時に起床。

6時半から瞑想・ラジオ体操・朝食といったスケジュール。

しかし、朝から検査があったので、朝食は抜き。お腹が空いたまま、

脳のCT、胸部レントゲン、エコー検査をこなし、病室に戻って点滴開始。

午後からはプログラムがあるのですが、点滴をしてるのでそのまま病室にいました。

夕方、18時から瞑想・夕食。院長の指示でまだお粥。でも、久しぶりにまともに食事ができ、お粥がとても美味しかったのをよくおぼえています。

翌日、お風呂の日。初日・二日目に入浴できなかったので、一安心。この日は、断酒会の方々が病院を訪問してくれて、人生で初めて他人の厳しい話を聞きました。

「入退医院10回」「飲酒による大腿骨頭壊死による歩行障害」「知人がアルコール依存症で亡くなった」など、衝撃的な話ばかりでした。

それらの話を聞いていると、「私なんかまだまだだなあ」と思ってしまいました。

 

夕食を終えると、就寝まで自由時間。この入院中、本当に久しぶりにゆっくりと読書することができました。読書と言っても漫画あり、小説あり、特に集中したのが、「アルコール依存症」関係の本。時間はあるので、じっくり・ゆっくり読むことができ、大いに勉強になりました。

飲酒しないと不思議とチョコレートが食べたいという欲求が強く、売店で結構な量のチョコを購入し、食べながら本を読んでおりました。

 

入院中、最も困ったことは、隣のベッドの住人のいびきです。隣は、必ず私より先に寝るので、いざ寝ようとすると、それは恐ろしいほどの音量のいびきが隣から鳴り響いてくるのです。そのせいで、毎日数時間は眠りに入ることはできませんでした。

 

Ⅴに続く・・・! 

アルコール依存症で入院体験Ⅲ

Ⅱの続き

入院初日の体験をⅡに書きましたが、そこに至る経緯を書きたいと思います。

初めて大量に飲酒したのは、大学入学後、空手道部の新入生歓迎コンパの席でした。先輩・OBたちから止むことのない返杯。最後の方でブラックアウト。

気がついたら、仲間のアパートに運び込まれていました。よく「急性アルコール中毒」にならなかったなあと思います。

その後、在学中は、友人との飲み会や合コン位の頻度で飲酒するぐらいでした。

卒業後、就職し、それでも月に1・2回の仲間との飲み会程度でした。

27歳で結婚し、結婚当初も晩酌といったことはやっていませんでした。

30歳過ぎたあたりから、少しずつ晩酌をするようになり、ウイスキーのボトルをだいたい1週間位で空けるペースとなっていました。

その頃は職場での飲み会や友人との飲み会の席では必ずと言っていいほど、記憶消失がありました。

ただ、飲酒しないときの離脱症状など全くなく、アルコール依存症との意識も微塵にもありませんでした。

そんな状態がしばらく続き、何事もなく日々過ごしていましたが、夏休みの家族キャンプで飲酒による大失態。妻からもさんざん叱られ、その時断酒を決意しました。

特に苦痛もなく断酒に成功しそのまま約7年間、飲酒欲求もなくアルコールから遠ざかっていました。

今から2年ほど前、狭心症を患い、緊急にステント挿入の治療を受けました。一晩だけの入院でした。

退院後、ちょうど冬休みでもあり、こたつに入っていると、妻から「ちょっとお酒のんでみたら」と言われ、最初は全く飲む気はありませんでしたが、その日の夜、本当に久しぶりにお酒をお猪口で1/3位の量を飲んでみました。

たったそれだけの量で、顔が赤くなり酔ってしまいました。

その後、お猪口1/3飲酒が2ヶ月ほど続きます。

年明けの2月、事故で車を廃車にしてしまい、その落ち込みから飲酒量が一気に増えていきました。増えたといっても缶酎ハイ1缶くらいの量です。最初は1缶で満足していたものが、1ヶ月経つ内に2缶、それが500mlへと日に日に量が増えていきました。当時の飲酒量はだいたい500mlを2缶/日くらいでした。

やがて、仕事帰りに立ち飲み屋に寄るようになり、それから、毎日寄るとお金がかかるので仕事帰りはコンビニ飲みや駅飲みに変わっていきました。

夕方飲んで、その繰り返しの日々。その当たりから妻から「お酒止めたら」と指摘が出るようになりました。また、「アルコール依存症じゃない?」との指摘もありました。

自分では、そんな依存症になるはずがない、と言い張り、飲み続けていました。

年が明け、年始に病院に行く機会があり、そこで、「アルコール依存症だと思います」と看護士さんから告げられました。

そこの病院で専門病院を紹介され、その日のうちに、診察を受け、「アルコール依存症」と診断されました。専門科からそのような診断をされ、やっと入院を決意するに至りました。

ここからⅡに続きます。

続く・・・!

 

 

アルコール依存症で入院体験Ⅱ

Ⅰの続き

入院1日目

入院を決めた次の日の朝、入院できるかどうかの確認電話を病院にしてみる。

ソーシャルワーカーの方と話をし入院可能との返答あり。

身支度を整え、妻とともにバスで病院に向かった。

到着しすぐに院長の診察開始。

いろいろな質問を受け、その後に院長からのお話。

「95%は退院後スリップする。95%になるか、5%になるかはあなた次第です。」

診察が終わりいよいよ病室へ移動。

エレベーターで病室のある階について最初に驚いたのが、出入り口にカギがかかっており自由に出入りができないようになっている(入院してすぐに分かったが、慣れると鍵の暗証番号を教えてもらえる)。

また、16:00以降の外出は一切禁止。今でこそ「精神科病院」といって心療内科的なイメージがあるが、かつては「き○がい病院」と言われていた分野である。

看護士さんにドアを開けてもらい中に入ると何となくかつて入院した病院とは明らかに雰囲気が異なっていた。

そのまま、病室に案内され、一通りの説明を看護士さんから受け終えると、妻は帰路についた。下まで見送ろうとしたが、16:00を過ぎていたので外には出られなかった。

病室に戻ると、すぐに点滴開始。ビタミンB1が不足しているということで補充液を点滴により投与。

点滴を受けながら、「早く帰りたいなあ!」とつぶやいた。

ベッドに横になりながら点滴を受けているときに、患者の一人が病室を訪ねてきて、「今日、夕食の時に簡単でいいから自己紹介をして欲しい」と言われた。

夕食は18:00からだが、その前に数分間の「瞑想」の時間がある。

これは、初めての体験だが、かなり気持ちが落ち着くことに気がついた。

「瞑想」が終わってから、簡単に自己紹介。すぐに夕食開始。

院長の指示でしばらくはお粥メインのメニュー。久しぶりに食べるお粥はかなりおいしかった。

夕食が終わり、分からないことが多すぎて、とりあえず病室に戻り横になった。

ネット環境が悪く、電波を拾うのに一苦労。あとは、SDカードに入っているドラマを見ながら少しくつろいでいた。

22:00に消灯。一斉に病室及び廊下の電気が消され、移動や初めての病棟入りに疲れ眠りに入ろうと目をつぶった。

ところが、隣の患者がず~っと何かを食べており「ボリボリ」という音でなかなか寝付けず、結局1:00過ぎに眠りに入った(と思う)。

続く・・・。

 

アルコール依存症で入院体験Ⅰ

2020年1月上旬

アルコース依存症で初入院。

量的にはさほど多くはないが、専門病院でそのように診断される。

その晩、家族の意見もあり、翌日に入院を決める。

続きは次回に!